先日図書館で借りた本に関してのノート。
(原題;The Ethical Brain、著者;Michael S.Gazzaniga)
<要旨>
・誕生間もない「脳(神経)倫理学(neuroethics)」に関しての本。neuroethicsとは「病気、正常、死、生活習慣、生活哲学といった、人々の健康や幸福にかかわる問題を、土台となる脳メカニズムについての知識に基づいて考察する」分野。
・脳やゲノム研究が内在している問題(胚やES細胞、脳死判定等)において、それら問題を、脳神経科学の観点から考えた際の考察が述べられており、著者の考え方を提示することにより、これら問題を考えるきっかけとする事も本書の狙いであると述べられている。
第1部:脳神経科学から見た生命倫理
-胚はいつから人になるのか。
・胚をどこから人になるかの線引きをすることは、堕胎、体外受精、医療目的のクローン研究、ES細胞研究など、広範な分野に影響を及ぼす問題で、従来の生命倫理学ではカバーしきれない領域かつ脳神経論理学が扱えることを示す良い例となると、著者は述べている。
ちなみに著者の考え(脳神経学的な観点)としては、医療研究のためヒト胚を利用できるのはいつまでという話であれば受精後14日目まで、人としての尊厳を備えた存在と認めて法律で保護すべきかを決めるならば、もっとも遅い23週目が妥当と答えると述べている。(これは、中絶の可否を分ける時期として米連邦最高裁判所が定めたものと一致)
#神経系を作るためのプロセスが始まるのは受精後15日目から、胎児が母胎外でも生きられるのは23週目から、さらに複雑な神経系が出来て脳が活動を接続できるようになるのは、受精後凡そ23週目(約6ヶ月後)頃。
・宗教によっても上記考え方は異なり、ヒトが受精と同時に人になるとする見方(連続性を重視する考え)は、カトリック教徒やアメリカ国内の保守的な宗教の信者が中心であるが(無神論者や懐疑論者の中にも賛同者は多い)、その一方で、ユダヤ教徒やイスラム教徒、ヒンドゥー教徒、大勢のキリスト教徒、その他の無神論者や懐疑論者は、この見方を支持しない。ユダヤ教徒やイスラム教徒の一部は、胚を人とみなせるのは受精後40日を過ぎてからだと考えてる。
・同様に脳死の捉え方も文化によって異なる、。脳死は、たとえば卒中などからくる脳損傷のせいで患者が回復不能な昏睡状態に陥り、脳幹反応がなくなってついには脳波が平坦になるか、自発呼吸ができなくなった場合に、医学的な基準に基づいて判定される。脳死という考え方自体は世界中で受け入れられており、違うのは、どういう方法で脳死を判定するかになる(違いは、政治や宗教、そしてたいていは専門作業部会メンバの個人的信条によるところが大きいと著者は述べている)。
・医療研究のために用いられるヒト胚んは、①体外受精で余った余剰胚と、②「体細胞核移植」によって作成される胚 の2種類があり、後者については、卵巣から卵子を採取し、DNAを含む核を卵子から取り除いて、別の個体から取った体細胞の核をそこに移植して成長させる技術であり、韓国の研究チームはこの方法で作成した胚を14日間成長させて、ES細胞を採取した(但し、この本が出版された後、これについては捏造が判明)。
-老いゆく脳
・認知症が近年これだけとりあげられるようになったのは、人間の寿命が長くなった今、脳がもともとの設計寿命より長く活動するようになったためとも考えられる。老化にかかわる脳神経倫理学上の大きなテーマは、幹細胞研究や細胞移植技術などによって老化に伴う疾患を治療するのは是か非かという点と、認知機能の喪失と意識の終焉は区別できるか・できるとしたらそれが延命治療の停止決定にどうかかわってくるのか の2つが挙げられる。
・正常な老化;
脳は年とともに「やせる」ことがわかっており、20際から90歳までのあいだに脳容量は5~10パーセント少なくなる。近年の研究成果によると、ニューロン(脳細胞)数にあまり大きな変動はなく、容積が減少するのは、ニューロンの接続部の変化と、ニューロンを取り巻く絶縁物質の変化が原因と見られている。
接続部の変化が一番顕著なのは、前頭前野と海馬である。
前者に関しては、ワーキングメモリー(頭のなかで一時的に情報を蓄えておくための記憶のこと)に影響を及ぼす領域であるが、年をとるとともに、ニューロンの接続部つまりシナプスの数が少なくなるだけでなく、ミエリン(髄鞘)の現象が目に見えて進む。fMRIを用いた研究によれば、前頭前野が衰えると、物事の順序にかかわる記憶(時間記憶)と、言語にかかわるワーキングメモリー(記憶のメモ帳)の減退に直結することがわかった。
後者については、現在進行中の出来事に関する情報を受け取り、その情報を長期記憶として保存すべきかを判断している部位であるが、老化に伴う変化はシナプスの数が減るだけでなく、神経伝達物質のアセチルコリンも減少するため(アセチルコリンは海馬(や前頭前野)に作用するが、これを放出する細胞も加齢とともに少なくなる)、海馬の昨日は二重の打撃を受けることになる。
以上のようなダメージが前頭前野と海馬に与えられる結果、短期記憶に障害が現れ、長期記憶の形成にも支障をきたす。どちらも、脳の正常な老化につきものの問題である。
加齢に伴うもうひとつの悩みは、頭の回転が鈍くなることであるが、これはミエリンが失われるのが原因と見られるが、その原因については、「エラー説」と「プログラム説」の2つの仮説に分けられる。
・病的な老化;
認知症とは、認知機能の低下をもたらすさまざまな疾患や損傷に対する総称であり、この原因としては、過度の飲酒、喫煙、慢性的ストレス、脳外傷、脳卒中のほか、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、アルツハイマー病などの脳疾患が考えられる。
・意識の終焉;
意識の話をするとき、たいていは「認識」の意味でこの言葉つ使っており、これは心理学的な意味で捉えているが、脳神経科学者はこの種のことばを医学的な意味で用いるので、日常会話で使われる場合とは異なる。医学的に言うと、「意識」とは覚醒していて注意力のある状態を指し、昏睡に陥った人は意識を失っている。(アルツハイマー病の末期患者には意識がなく、生まれたばかりの赤ん坊には意識がある(母親が部屋に入ってくるのに気づくため))。認知能力を失った人をどう介護し、どれくらいの期間どのような延命措置をほどこせばいいかという厳しい現実問題もあり、論理学者は様々な角度から、意識の終焉の明確化及びそれを定義することで救命医療や生命そのものを停止する決断への影響について議論しているが、これら議論は、医学や科学の訓練を受けた物からすると「戸惑いを禁じえない」と述べられている。
第2部:脳の強化
-よりよい脳は遺伝子から
-脳を鍛える
-脳を薬で賢くする
・近年の脳マッピングの研究により、脳容積の94パーセントは程度の差はあれ遺伝の影響を受けていることが明らかになった。前頭部・感覚運動野・前側頭部などの領域は遺伝的要因の影響が大きく、とくに中前頭部は遺伝率が90~95パーセントと、ほぼ遺伝的要因によって構造が決定している。また「回(脳溝間の隆起)」が表す模様は、いわば脳の指紋のようなものだが、遺伝的影響をそれほど受けない。同様に、海馬は遺伝子よりも環境の影響を強く受けている。
遺伝学者と脳神経科学者の研究結果はほぼ一致しており、遺伝子の影響を最も強く受けていると見られる脳領域は、脳神経科学者が知能と認知能力に関与していると考えている場所と一致している。IQが高い人が、頭を使う仕事・つまり一般因子が必要となる複数の課題をこなしているときに、どの脳領域が活発に働くかをケンブリッジ大学のジョン・ダンカンのグループが調べ、一般因子の宿る場所は前頭葉の外側部(左右とも)ではないかとの結論に達した。この結論に疑いの目を向ける研究者もいるが、この発見は、知能の個人差という、かつては心理学の領域だったテーマを、いまや脳神経学者が探求できるようになったという、科学史において新たな時代に入った事を示しているといえる。
・頭のよさがよりよい暮らしと関連していることは否定しがたいが、その一方で、頭のよさが全てでないのも又事実である。頭がいいとは、うまく情報を処理して課題の答えを見つけ出す能力をいうが、何らかの答えが得られても、それを実行に移して問題を解決することがたやすいと言える人はまずいないであろうし、解決に導くためには、懸命に努力する必要がある。
・Thinking about sex selection
第3部:自由意志、責任能力、司法
-私の脳がやらせたのだ
・私たちが何らかの考えを意識する前に、脳が仕事を始めているのなら、脳が心を動かしていると言ってよさそうだ。この問題が注目されるきっかけを作ったのは、1980年代に発表されたベンジャミン・リベットの研究であった。
-反社会的な思想とプライバシーの権利
-脳には正確な自伝が書けない
・人間の脳は、きわめて能率よく仕事をするようにできており、そのため、入ってくる情報を、今私たちが抱いている世界観と合致するように歪めてしまう。「ステレオタイプ編集」が起きるのは、脳が情報を保存する際に特定のカテゴリーに当てはめようとするときであり、このカテゴリーは感情や信念と結びついていることが多く、その結びつきからステレオタイプが生まれる。ステレオタイプに関するこの理論をはじめて打ち出したのは、アメリカの心理学者ゴードン・オルポートであり、1954年の著書「偏見の心理」(倍風館)のなかで発表して以来、その説は心理学の世界で広く受け入れられてきた。
第4部:道徳的な信念と人類共通の倫理
-信じたがる脳
・左脳は、過去の知識と現在の知識を矛盾なく調和させて、周囲の状況をどう解釈すればいいのかを示す。
左脳の解釈装置を理解するうえで、分離脳患者が手がかりになったように、側頭葉てんかんと呼ばれる疾患の患者は、物質としての脳と、そこから生まれる「心」がどのように相互作用しているかを教えてくれる。
ゲシュヴィント症候群を伴う側頭葉てんかん患者のなかには、非常に有名な人物が何人かいるうえ、この疾患にかかっていたことが疑われる著名人も大勢いる(ヴィンセント・ゴッホ、ドストエフスキー、ルイス・キャロル、フィリップ・K・ディック、ギュスターヴ・フローベル、ジョナサン・スウィフト、ソクラテス、ピュタゴラス、アイザック・ニュートン、アレキサンダー大王、ピョートル大帝、ユリウス・カエサルは、いづれもてんかん患者だったとの説があり、その作品や思想がてんかんの影響を受けた可能性があると言われている)。側頭葉は、強烈な宗教体験を知覚しているときや、幻聴が聞こえるときに活動する。また最近「ネイチャー」誌に掲載された論文には、右角回と呼ばれる脳領域を電気刺激したところ、確実に体外離脱を引き起こすことが出来たと報告されている。右角回は、体性感覚と平衡感覚の情報を統合する重要な役割を果たしている可能性がある。
-人類共通の論理に向けて
・http://www.edge.org/3rd_culture/ramachandran/ramachandran_p1.html
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