「進化しすぎた脳 ~中高生と語る「大脳生理学」の最前線」
(池谷裕二、朝日出版社)
はじめに
第一章 人間は脳の力を使いこなせていない
・神経細胞(ニューロン)の大きさは25~30ミクロン程度。大脳皮質には、一辺1ミリメートルの立方体の体積あたりだいたい2万~10万個くらい細胞が入っている。大脳皮質は6層の構造になっており、厚さは1ミリメートルくらい。これはすべての哺乳動物に共通した構造である。
・視覚野に届いた情報は、「何」を見ているかという回路(What、側頭葉で処理)と、見ている物体が「どんな」(How、頭頂葉で処理)だという回路 の2つに分けられて処理される。
・神経細胞の活動の実態は電気信号
第二章 人間は脳の解釈から逃れられない
・例えばずらっと並んでいるリストのおよその共通点を選び出して、事象を一般化すること、こういう心の作用を「汎化」という。
・網膜から出て脳に向かう視神経の本数は100万本/片目にもかかわらず、なめらかに見えるには、それを補うような機能が脳に備わっている。
・10ミリ秒の単位ぐらいが、脳の時間解像度。
・錯覚、盲点、時間の埋め込み、色づけなど、目に入った光をどう解釈するかということは、脳が解釈している。
・「覚醒感覚」、つまり音楽を聴いて美しいと思ったり悲しい気分になったり、りんごを食べておいしいとか甘酸っぱいとかそういう生生しい感覚のことを「クオリア」という。
・「ウェルニッケ失語症」頭頂葉と側頭葉と後頭葉のちょうど中間点あたりで左脳だけにある領域がダメになると言葉がうまくしゃべれなくなる状態に陥る。
第三章 人間はあいまいな記憶しかもてない
・人間の細胞は約60兆個あり、体全体では2~3ヶ月経つとすっかり入れ替わるのに対し、脳はそれを排除している(入れ替わらないように、つまり自分がいつまでも自分であり続けるために、神経細胞の細胞は増殖をしない)
・神経が電気で情報をやりとりしている実体はイオンであり、主にナトリウムイオン、塩素イオン、カリウムイオン の3つを神経細胞は大量に使って、それを上手く組合わせて「電気」を起こしている。
・ナトリウムイオンを通す穴(チャネル)が次々に開く様子。神経細胞の線維を伝わっていった<電位差が崩れる場所>のことを「スパイク」(もしくは活動電位)といい、神経のネットワークのなかでは「スパイク」があっちこっちに走り回って情報をやりとりしている。
・神経線維と神経線維が極端に狭くなった場所で、細胞同士が情報をやりとりしている場所のことを「シナプス」といい、約20ナノメートルの間隔。シナプスでの情報のやりとりは「神経伝達物質(※)」の放出によって行われる。(※;ドパミン、セロトニン、アドレナリン・・・)
・神経細胞の数は1000億、大脳皮質だけでも140億ぐらいあると言われており、神経細胞1個1個がそれぞれシナプスを1万つくっている。シナプスでの電気信号のやりとりは1000分の1秒でやったりやらなかったりする。
・脳のなかでもっとも使われる神経伝達物質は「グルタミン酸」というアミノ酸で、ナトリウムの信号を作る。またγアミノ酪酸(GABA)は塩素イオンが流れ、脳のほぼ全てを握っていると考えてもいい。前者はアクセル、後者はブレーキの役割をしている。
・情報の送り手(A)と受け手(B)にスパイクが同時に起きたら、シナプスのつながりが強くなる、脳が記憶するためには、これが必要 ⇒ヘブ則。左記により通常よりナトリウムイオンが多く流れたことを感知すると、NMDA受容体は細胞にカルシウムイオンを流入させる。細胞のなかには、さらにカルシウムイオンを感知するセンサがあって、カルシウムがやってきたことを検出すると、細胞の中に蓄えられているグルタミン酸センサーを外に出す(すなわちナトリウムを通すセンサが細胞の上にボコボコと出る)。これにより、通常より多くの反応を引き起こすことになり、シナプスの結びつきが強まったことになる。NMDA受容体をたくさん持ったネズミを作ったところ、記憶力がよくなったという結果も報告されている。
第四章 人間は進化のプロセスを進化させる
・シナプスを3回も介してやりとりすればその情報は自分にまた戻ってくることになる。そのくらい蜜な「反回性」の回路が大脳にはあり、その反回性の回路が脳のなかでもっとも密な場所が海馬であり、特に「CA3野」が最も蜜である(ここでは脳の記憶をつくるのに重要だと考えられている)。その次が人間の心をつかさどっている「前頭葉」、それから目の情報をつかさどっている「視覚野」も多いといわれている。
・外界との入出力に直接関係していない神経回路のことを「内部層」といい、内部層に使われている神経はヒトでは脳の全体の99.9%を占めていることからも、ヒトの脳がいかに情報処理に特化している装置であるかがわかる。
・脳の情報処理が完了する時間(約0.1秒、言葉を聞いて理解するまで0.2~0.3秒程度)からシナプスが情報を受け渡す時間を割り戻すと、シナプスを数百回ほども介せば脳の情報処理が完了する。これを「脳の100ステップ問題」という。
・アルツハイマー病の患者は日本に100万人、アメリカに400万人いるといわれているが、「老人斑」とよばれている斑点が見られ、ここにΒアミロイドというアミノ酸(アミノ酸が42個つながったペプチドで、ちっちゃなタンパクであることからΒタンパクとも呼ばれている)がたくさん含まれていることがわかっている。ARPという、細胞膜を貫いているたんぱく質にΒアミロイドが含まれており、プレセニリンというたんぱく質を分解する酵素がARPの下の部分を切るハサミの機能を持ち、上の部分を切るハサミであるΒセクレターゼで上下2箇所で切り取られると、猛毒Βアミロイドになる。
・アルツハイマー病ではアセチルコリンを持っている神経がいち早く死ぬが、アセチルコリンを補給する、すなわちアセチルコリンを専門に壊すハサミである「コリンエステラーゼ」を抑える薬がアルツハイマー病の薬として出ている。ただし、コリンエステラーゼを阻害するものはサリンであり、毒と薬は紙一重といえる。アセチルコリンの量が増えると、虹彩が狭まって視界が暗くなったり、またアセチルコリンは記憶に関係あることから、昔の記憶が湧き出すように想起されることもある(サリン事件での例)。
・チョウセンアサガオはヨーロッパではベラドンナと呼ばれているが、これは逆にアセチルコリンの働きを不足させてしまい、瞳孔を開かせて黒い瞳とするための目薬としても使われていた。
・脳のなかで働いているシナプスは、赤いものを見ても20%の確立で反応したりしなかったりするが、脳全体としては毎回必ず赤いものだと認識できる。シナプス一個でみるとすごく曖昧であるが、結果的に最終的なものがすごく正確である。
付録 行列をつかった記憶のシミュレーション
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